パソコン

ここでは、パソコンの増設・改造など仕事以外でのパソコンいじりに関する情報を記述します。

以下、私のパソコン遍歴

Ⅰ.シャープポケットコンピュータ”PC-1501”・・・私が初めて触ったコンピュータ。1980年頃、小学生低学年のころ、うちの新し物好きの親父が購入。しかもカラープリンタ(むしろプロッタ)付!最初はマニュアルに付属?のプログラム集でプログラムを入力しては実行して楽しんでいたがゲームとしては面白くなかった。ゲームプログラムの自作を試みるも挫折して終わる。

Ⅱ.シャープ X1-F・・・小学生高学年になって、周囲ではファミコンが流行りだしている最中、またしても新物好きの親父が、ファミコンよりも将来性があるパソコンなら許すということで、パソコンの購入を手助けしてくれた。「ベーマガ」を買ってきては、BASICプログラミングに夢中になっていた。この時も自身でも自作のゲームプログラムを作って投稿できないかと夢見ていた。。。。が、またしても挫折。手軽に楽しめる市販ソフトに手を出すようになり、ハイドライドⅡやイースなど中学生までパソゲーにはまっていった。。。そして、高校生になると毎日受験勉強漬けとなり、パソコンは(X1だけに)テレビとして利用するだけとなった。

Ⅲ.NEC 98NOTE NS/R・・・1990年代。大学生になって、メカトロニクスを学ぶ工学系学科に入り、大学の実習でパソコンに再び触れる。しかも、NECのPC98!!大学の実習やゼミの研究でPC制御をするようになり、本格的に触る必要が出てきて、生協のカードローンで自分ではじめて買ったのがこのPC。バブル崩壊後の不況による就職難で大学院に逃げ込み、そこでさらに、パソコン制御目的でCバス用拡張スロットを追加購入して、研究開発用として使用し続けた。最後は、修了後研究室に提供?したと思われ、その後どうなったかは不明。。。

Ⅳ.MAC互換機・・・大学院に進学して購入した初のMac機!巷ではWindows95の登場で熱狂していたが、当時MacとGUIやソフトウェアを比較したら、雲泥の差。しかも、高価なMACから、MAC互換機なるものが登場!そこで私は、UMAX社のデスクトップ型「Apus2000」をバイト代と奨学金で購入。(ちなみにソフトも高価だったが、同学科の研究室から拝借して使用)こちらも、引っ越すに当たり荷物になることと、就職先でMacを使うことはなかったので、こちらも大学に置き去りにしたかも。。。

Ⅴ.初代自作PC・・・大学院をなんとか修了して、無事社会人になって購入ではなく組み立てることを選択し、初めて自作したパソコン。住まいは、浅草近くの墨田区本所だったので、秋葉原には自転車で楽に通えるほど近く、主にソフマップで部品を購入。OSは、当時会社で3D-CADを使っていたので、これに合わせてWindowsNT4.0 workstation(ちゃんと自腹で購入)。

Ⅵ.Zaurus(シャープ製PDA)・・・第一次モバイルコンピュータブームで各社からPDA端末が登場。この頃できるビジネスマンの必須アイテムとして人気となり、憧れのザウルスを購入!”りなざう”と呼ばれる機器を中心に)今のスマホと比べると通信速度・処理能力・情報量すべてにおいて劣っているものの、当時は夢のようなツールで、当時出張が多かった私には、大変重宝する代物で、3機種代替わりして使い続けていた。今思うと、、、スマホほど高機能・多機能でもなく、ユーザも今のスマホほどではなかったが、マナーがひどいという人はいなかった(むしろ、当時のほうがスマートに使っていた)と思う。

Ⅶ.自作WindowsPCの改造・・・時はミレニアム~夢の21世紀時代。某育児器具メーカからIT技術者に転職。コンピュータの知識はパソコンを今まで使ってきたので多少はあったが、サーバを構築するなんて知識も経験もなかったので、勉強するためにサーバ機を購入したかったが、当時はまだ異業種への転職で実績もなく、給料が少なかったので、初代自作PCをジャンクやからパーツを掘り出してはパワーアップしていた。当時OSは2000 Prof.を使用。(WindowsNTからのバージョンアップで。さらにTurbo Linuxも試しに入れていた)このころから、ジャンク漁りが好きになり、休日はもっぱらアキバへ自転車で通い、ジャンク屋さん巡りしていた。ちなみに、当時の住まいは足立区北綾瀬だった(自転車通いとしては、キツイ距離だが、若かりし私はそんなこと苦にも思わないほど張り切っていた。。。。)

Ⅷ.HP NetServerE500 (自宅サーバ時代)・・・常駐先の会社から、廃棄するHPのPCサーバNetServerE500を貰い受け、自宅サーバを立ち上げる。OSはWindows2000 Server(バンドル版)でしたが、Linuxに入れ替えて使用。一時期自宅には、回線を2本引き、一方をサーバ公開用に使用。もちろん固定IPアドレスやドメイン(当時無料のDnyDNS)も取得。転職して金銭的にも余裕が出てきたので、現在の江東区東陽町に引越し。ここからなら、自転車で30分程度なので楽!おかげでほぼほぼ週末は秋葉原に通っていた。

Ⅸ.DELL Optiplex SX280他メーカー品コンパクトデスクトップPC・・・自作PCやそのジャンクパーツが邪魔になり、部屋が手狭になったけど、そこそこのスペックのPCがほしい。そんな思いから、HPやDELLのスモールデスクトップPCを中古屋で見つけるたびに購入して、4台ほどに。生き残ったものは、Windows2003のADサーバとして転用。

Ⅹ.DELL PowerEdge1850( 仮想化草創期)・・・無償のVMware Serverが出回り、検証環境として増えていったPCを削減するために、ヤフオクで中古のDELLのラックマウント型サーバPowerEdge1850を購入して導入。HDDスロットが2つしかないので、eSATAの外付け用インタフェースカード(PCI-X)を使って、拡張していった。しかし、ラックマウントタイプで薄いものの、大きくサーバだけに電力は食うし、暑いしうるさいしでちょっと後悔も。。。

XI.IBM Thinkpad Xシリーズ・・・言わずもがな、ノートPCの名器。上述のとおり部屋が汚く手狭で居心地が悪いことから、休日は外で優雅にパソコンできたら。。。と思い、理想のノートパソコン(中古での流通が多く入手しやすい、トラックポイント、デザイン・大きさ・重さなど)を捜し求めた結果、これにたどり着いた。X20から、X30→X40→X61Sと、ステップアップしていった。今なおX61Sを愛用(Linux端末として)。ちなみに購入はすべて中古で!

XII.工人舎SCシリーズ・・・コンパクトなモバイルPCでタッチパネル機能搭載でモニタ部が180度回転して閉じればタブレットPCにも)。しかし、バッテリが死に、さらに交換してもそれも短命に終わって、あえなくお蔵入り。そもそも、ここまで小さくなると、画面やキーボードが小さすぎて操作性が悪くなる!ということに気づかされた。

Xiii.ASUS TAICHI 31・・・前述の工人舎SCシリーズの後継機として探し出したノートPC。これが画期的なのは、工人舎SCシリーズはタッチパネルをタブレットとして使用する場合、液晶画面を180度回転させていたが、これは閉じた液晶パネルのトップ面にタッチパネルモニタがもうひとつついてた、すなわち2つモニタがあり、それでいて結構薄型だったノートPC。こちらも当時はThinkpadに代わりよく使っていたが、モニタが2つであることのせいか、薄い割りに重くて、それでもよく外に持ち出して外出や旅行のお供として使っていた。しかし、バッテリが死に、さらに交換してもそれも短命に終わって、結局外出先での利用は、沖縄旅行までとなった。。。そして、とうとうお蔵入り。

XIV.格安中古のWin10PC(エプソンEndevore ?)・・・メーカの人気がないせいか、スペックがいいにもかかわらず割安だった。(自作PCでそこそこのスペックにするには時間も金もかかるし、リスクも懸念されるので出来合いのメーカ品中古が安パイ!)動画配信やDVD映画・音楽を視聴するために、それ専用のPCとして購入。これと、屋内外問わず持ち歩いて使っていたThinkpad X61S、地デジTV&WEBブラウジング用のPCとしてのコンパクトデスクトップPC(Win7)がのこり、ここ最近のCPUのマルチコア化という劇的な技術革新の時代を尻目に、これらの中古PCの使い分けて十分なので今なおかたくなに使い続けている。。。

次は何にしよう!。。。。

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